古代から現代における木の文化と使用方法
2017.8.4
古代、有史前の時点から人間と木は密接な関係にありました。
それは生活の糧であり、様々な手段でその恩恵が用いられ、それはやがて「文化」となって、現代の私たちの生活に息づいています。
日本とヨーロッパでは材料の配列のうえで逆の方向から進んで来たのではないかという気がします。つまり日本人は生物材料から鉱物材料に向かい、ヨーロッパ人は鉱物材料から生物材料に向かってきたという意味です。
以下に述べるのは日本人が木とともに歩んで来た道を、いくつかの木を例にしてご案内するものになります。
日本人と木の関わりかた
はじめに、私たちの祖先が木とどのようなかかわりを持っていたか、からこの項をはじめましょう。
上述のように、はるか昔、おそらく人間が現在の生態に近いところまでアップデートする以前から、道具として、住居として、食べ物として人間は木の恩恵にあずかり続け、文明をつくってきました。
縄文時代・弥生時代…、と続き、飛鳥時代から奈良時代に日本最古の歴史書として生まれた『古事記』および『日本書紀』にもいわゆる神話と呼ばれるものも含め、その中に書かれている樹種はおよそ五十三種。
細かくは二十七科四十属にも及んでいるといいます。
有名なところではヒノキ、マツ、スギ、クスノキなどがありますが、なかでも特に興味が深いのは『日本書紀』神代の巻の、スサノオノミコトの説話です。
そこには、
「日本は島国だから、舟がなくては困るだろう。
そこでスギとヒノキとマキとクスノキを生んで、ヒノキは宮殿に、スギとクスは舟に、マキは棺に使えと、それぞれの用途を教えた」
というくだりがあります。
他にも神々が他の木をつくったくだりは多々あり(そのお話はまたの機会に…)今とは比べようもないくらい「神」というものが畏敬され、生活の中心だった時代に、国の事業となった文献でこうした記述があったこと自体、その生活へ密着度が伺えます。
この思想自体は日本だけでなくヨーロッパにもあったもので、その辺りの共通点は非常に興味深いものがありますね。
この説話からみると、日本にはじめてそうした樹種が生えてきたのは有史以降であるとも考えられますが、『古事記』の中ではすでに「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」の背中にマツとカシワが生えている描写が、また『日本書紀』では大蛇の体にヒノキとスギが生えていた、という記述がありますので、これは神話としての寓話性、もしくは植林したことを意味するのだろうという見解がとられています。
様々な歴史が文化となり現代に生きる。それを受け継ぐ職人技を次代に伝えるのも私たちの仕事です。
どんな木がどのように使われていたのか?
まず現代でもなじみの深い木である「ヒノキ(檜)」。
この木が建築用材として、太古以来もっとも多く使われてきていることは、伊勢神宮の例をとるまでもなく容易にうなずけることです。
次は「クスノキ(楠)」。
『日本書紀』にはクスノキの舟に蛭児(ヒルコ・神様の名前)をのせて順風に放ったという記述があり、『古事記』にも同じ意味の記録があります。
当時はクスでつくる舟が水上の交通に重要な役割を果たしたであろうことがここから読み取れるそうです。
そのことはこれまでに大阪を中心とする地域から発掘された古墳時代の舟が、ほとんどクスノキであることと一致しています。
そしてこれまたおなじみの「スギ(杉)」。
垂仁天皇の代にスギの舟が作られたという記録があります。
また近畿地方と離れていますが、同時代の登呂の遺跡から発掘された田舟、田下駄も同じスギ材です。
縄文時代前期の福井県三方町の鳥浜貝塚から出土した丸木舟は全長約六メートル、幅八十センチメートルという大きなものです。
加工のしやすさから考えてもスギの使われていた可能性は高いとみられます。
最後は「マキ(槙)」。
近畿地方の前方後円墳から出土する木棺は、ほとんど例外なくコウヤマキで作られていることが明らかにされています。
以上に述べたように、『古事記』『日本書紀』の記録は、考古学的な調査によって裏付けされていますが、そのほかにも、これまでに古墳から発掘された各種の埋葬品や、遺跡からの出土品を調べてみると、それぞれの道具類は、ほぼ一定の樹種によって作られていることが分かってきています。
例えば、有名な近畿地方の唐古の遺跡をみると、弓はイチイガシ、農具はアカガシ、櫛はツゲで作られています。
そのほかの遺跡の出土品をまとめると、弓にはカシ、トネリコ、ヤチダモ、サカキ、クワなどが使われており、また石斧の柄はほとんどがユズリハで、サカキ、ツバキ、シイノキ、ヤチダモ、トネリコなどが使われています。
食事用の椀類の用材はトチノキとケヤキで現在のわれわれの使い方と同じです。
住居の土台にクリが使われていた例としては、千葉県加曾利塚や金沢市ちかもり遺跡をあげることができます。
家具蔵でもテーブルでクスをご案内しています
古代人たちの驚くべき木の知識
これらの事実は当時の人たちが木に関して、かなり深い知識をもっていたことを物語るものです。
コウヤマキというのは、ちょっと見たところでは、ある意味でなんの変哲もないごく普通の木です。木目が際立って鮮やか、というわけでもなく、芳香もありません。
ですが水に対して強く、腐りにくいという特質をもっています。
戦前の風呂桶はほとんど木で作られており、その用材は関東では高級品はヒノキ、普及品はサワラでしたが関西ではコウヤマキを最高の風呂桶材としていました。
江戸時代の『和漢三才図会』にも水湿に強いことは書いてありますが、それを太古の時代の人たちがすでに知っていたという事実に、強い興味を覚えます。
ところでコウヤマキという木は世界で一属一種の日本にのみ産する樹種です。
しかし、韓国扶余の陵山里にある歴代の百済王の古墳の棺材を調べた結果、それらはいずれもコウヤマキで作られていることを明らかになりました。
コウヤマキは朝鮮半島では生息していません。
つまり、当然日本から運ばれたものとなり、種の移動が人によってもたらされた歴史の証左ともなりますこの事実に驚くとともに、コウヤマキという木が棺に適していることを捜し出した我々の祖先に、一層深い興味をそそられますね。
こうして、一つの木から見える人の歴史と文化。
皆様が何気なく眺めている街路樹も、詳しく調べてみると様々なことを教えてくれるかもしれません。
参考文献:
鹿島出版会 小原二郎著書「木の文化」
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