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和箪笥の歴史と日本の国土に合った性能

2019.6.30

箪笥のならわし


箪笥(たんす)といっても多様なイメージが湧いてくると思いますが、一言でいうと「引出しの付いた箱形の収納家具」のことを指します。

主な用途としては洋服や着物などの衣類を収納するものとしての役割が一般的です。

「タンス預金」という言葉があるように、昔から箪笥は大切なものをしまう家具としても重要な家財道具でした。

ところで箪笥の数え方をご存知でしょうか?

箪笥は「一棹(さお)、二棹」と数えます。

江戸時代には車長持(くるまながもち・火事のときに持ち出せるよう底に車輪がついた蓋付きの箱)が主流の収納家具でした。

しかしこれは災害が起きた際などの避難において、皆が一斉にこれを持ち出すと不便や混乱が生じます。

そこから当時の江戸幕府は車長持の使用を禁止し、長持は棹を通して担ぐものに変更されました。

その後普及し始めた箪笥にも棹を通す「棹通し金具」が付いていたことから、このように数えるようになったようです。

現代でも(一頃よりはそういったことも減りましたが)婚礼家具として洋服箪笥・和箪笥・整理箪笥を贈る、もしくは揃えたり、子供が生まれるとベビー箪笥をプレゼントしたり、新生活の始まりの時に購入されることが多い家具です。

昔の農村地方の豪農や都市部の商家、武家屋敷では女の子が生まれると庭に桐の木を植えました。

桐は約20年で大木に成長するので、その子がお嫁に行く頃に切って箪笥にされ、嫁入り道具として持たせたそうです。

 

豊かさの象徴


箪笥がある程度普及した時期。

それは決して明確ではありませんが、江戸時代の初期、明暦(1655-1658)から延宝(1673-1681)あたりの時代に大坂(現在の大阪)・心斎橋に箪笥を売る店があったとされています。

しかし、それほど全国的には普及はしていませんでした。

箪笥が普及しなかった大きな理由のひとつは、庶民が箪笥に入れるほどの衣類を持っていなかった、ということがあげられます。

何年も一枚の着物だけで過ごした庶民たちには「葛篭(つづら)」や「行李(こうり)」、「長持(ながもち)」

といった、上部に蓋がついた箱だけで十分でした。

箪笥が普及するのは正徳(1711-1716)以降となります。

商工業が発展し、庶民の生活が向上すると徐々に持ち物が増え、特に衣類は著しく増加しました。

そこで、増えた衣類を家族それぞれに分類できる引出しがついている、箪笥が必要とされはじめました。

その後もっと収納に対する意識が高まり、薬を入れるための薬箪笥など、衣類に限らず様々なものを入れる用途のバラエティに富んだ箪笥が登場するのです。

しかし、それでも当時は箪笥を持つことが出来たのはいわゆる上流階級の人達だけ。

地方などの庶民の生活はまだまだ貧しく、箪笥を必要とするほど多くの衣類を持ち合わせていませんでした。

また、長持などの箱と比べると引き出しが付くために材料の用意と製作にも手間がかかり、高価なものになってしまうことも庶民には手が届かなかった理由でした。

ある程度、庶民にまで箪笥が普及するようになったのは江戸末期になってからで、いわゆる箪笥の歴史は思ったより浅いのです。

 

和箪笥の本格的普及


全国各地で趣向を凝らした和箪笥が歴史上に出始めたのは明治以降。

明治から大正にかけて優れた箪笥が数多く作られました。

仙台や庄内などでは、地方色豊かな和箪笥が生まれています。

産地の特色が出始めた歴史は明治10年代、その後洗練され、生産が活発になったのは明治20年代、最盛期は明治30年代から大正の初めと考えられています。

材木屋のない地域があったり、鉄、漆も貴重品だったので、箪笥は明治にならないと発達しませんでした。

また、江戸時代は庶民への倹約令や職人への規制などが和箪笥の発達の歴史を妨げていたようです。

その後近代化の歴史とともに生産性は向上し、箪笥産業は発展していきます。

大正末期からは東京式の桐箪笥が流行し、昭和に入ると地方色豊かな箪笥は衰退していきました。

現在、和箪笥は歴史的、文化的価値のある遺産として残っています。

 

桐と衣類の良い関係


 

箪笥には衣装箪笥・帳場(ちょうば)箪笥・茶箪笥・薬箪笥・階段箪笥・刀箪笥など多くの種類があります。
箪笥の材料は湿気を吸いにくく、気密性が高いうえに軽くてやわらかい「桐」が最も適しています。

桐を使うことで中の衣類を傷つけず、虫もつきにくくなります。

桐の箪笥は収縮率が低いため、引き出しなどはじめから隙間なくぴったりと作られます。

ですので、ひとつの引出しを閉めた際に他の引出しが開いてくる箪笥ほど、きちんと作られた「良い箪笥」だと言われています。

 

桐という木


どんどん勢いよく天に向かって成長して行く桐の木。

ある一定の年数がくればその成長のスピードが止まってきます。

そしてそれからは勢いよく育つのではなく、少しずつ成長していきます。

その勢いよく育つ年数は一般には成木になる期間をいい、日本の桐の場合は約15年前後だといわれています。

ただ15年の桐の木は15年分の年輪しかなく成木になったからと言ってすぐに桐箪笥に使用することはできません。

高品質の桐箪笥の材料に使用にするには、それから最低でも20年から30年くらいの成熟期が必要となります。

目が細やかな緻密な杢目でないと桐箪笥の高級品としては使用出来ないのです。

桐材の最大の特徴は、気密性・防湿性・防虫性です。

100%絹で出来た着物を長年にわたって守るには、この日本では桐の箪笥でないと守れる収納家具は無いといわれます。

昔から桐は虫が付きにくいと言う事を聞いた事があるのではないでしょうか

ほとんど全ての木(材木)は、酸性の性質です。

しかし桐の木だけはアルカリ性の性質を持っています。

小さな虫等は、すべて酸性の性質を好みます。

ですから普通の木には虫がつきやすいのですが、唯一アルカリ性の性質を持った桐には虫がつきにくいのです。

そして自然の香りのする桐には、虫がつきにくく、人にはいい香りとして安心に結びつきます。

桐箪笥は昔から防虫性に最も優れた収納家具なのです。

昔から気密性のある桐の箪笥に衣類を収納しておけば虫がつきにくく、防湿性があるのでカビの心配がなく安心して使えるように昔の日本人が考えた、優れた収納家具なのです。

また、桐箪笥は日本の風土が求めた究極の調湿性という点で最も優れています。

乾いた湿度のない気候では、桐自らが少し小さくなって引出しと棚の隙間が少しだけ隙間をつくり、空気の入れ替えを内部と外部で行います。

桐は、日本では昔から「鳳凰が住む木」とも言われ、大切にされてきました。

弥生時代から神社、寺院、宮廷の建材でも使われた記録が残っています。

日本人とは古来より縁のある木なのです。

皇室でも菊と桐の紋章が皇室専用の家紋として、衣類はもとより多くの文様が使われてきました。

その後、室町幕府以後は限られた武家に使用が認められるようになり、戦国時代から後は、政権担当者の紋章として使われるようになりました。

現在では、皇室はもちろんのこと、日本国憲法憲制下の日本政府(内閣)は桐の紋章を用いています。

それだけ日本人にとって、桐は菊と共になくてはならない花(木)なのです。

花言葉は、「高尚(こうしょう)」。

知性や品格が高く上品なこととされる花言葉そのものも、桐の高貴な特徴を表しています。

桐とは古代から日本人に好まれた、又とない材料なのです。

 

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